不登校コーチング吉永美香です。
小・中・高すべての不登校を経験したお母ちゃんがお届けしています。
子どもが不登校になって、あなたはこんなお悩みありませんか?
学校、病院、親の会に相談しに行き、「見守っていきましょう!」
って言われて鵜呑みしてしまうこと。
周囲から言われたからこそ、見守ってはいるものの。
心の片隅には、本当はそれがいいのかどうか不安になっていること。
そんな風に思っているのに、あなた自身、自分の答えに困っている状態だからこそ、
専門家の方が言ってるから、それが1番正しいこととついつい思いこんでしまうこと。
ありませんか~?
そもそも「見守る」って???
はっきり言って、【言葉って、とっても曖昧です!】
見守るって、子どもの様子をじーっと見ているだけ?のこと?
受け止め方次第では、子どもに対して何にも言わないで見守ることにしてしまっているママいませんか?
学校の先生、カウンセリングの先生、病院の先生から言われたから?
実際にあなたはどう思いますか?
今回は、「不登校の子どもを見守ること」について考えていきましょう。
Contents
そもそも不登校の子どもを見守るって?
そもそも【見守る】とは、goo辞典によれば、
1.無事であるように注意しながらみる。また、成り行きを気をつけながら見る。
2.目を離さずにじっと見る。熟視する。凝視する。
とありました。
この意味をあなたはどのように受け止めますか?
私は意外でした!!
意外に思われた方は、きっと反対の意味をイメージしていませんでしたか?
子どもが不登校になると、あまりにも突然すぎて、解決するには答えを求めて専門家まで相談。
アドバイスとして、「見守っていきましょう。」なんて言われてしまうこと
いまだにあります。「決して揺すぶらないで!!」とも。
専門家の先生だからこそ、その言葉を何にもしないで、見守ってしまって何年も経ってしまうこと。
私自身の経験、感じたことです。違う意見の方も当然いらっしゃると思います。
【見守るをただあたたかく、無理をさせず、安心安全を保とうとすること】と捉える方が多くいることでしょう。
あの頃の私もよく言われていました。
カウンセリングを受けているときに、
「見守る間に私が出来ることありませんか?」と我慢できずに尋ねてみたことがありました。
「お母さんはそんな風に思うこともしないでください」みたいなことを反対に言われて落ち込んでしまいました。
そんな風に思うこと自体が、圧をかけていることだからと・・・。
その時の私の心の中では、「経験してないからわからないでしょう!!」という言葉が思わず出てきたことが、
記憶に残っています。
だからこそ、専門家の先生の意見が、腑に落ちることなく、経験していない方の意見にしか過ぎないと思えてくるのです。
不登校親がまず出来る1番大切なことは・・・
あえて言います。
数々のトライ&エラーを繰り返してきたからこそ、言いたい!
子どもが不登校になり、まず出来る1番大切なことは、家が安心安全な場所であるのか?!
私は、ある時に何がきっかけになったのかは覚えていませんが、
「これは、子育てがもう一度振り返られ、やり直される。」
「元気のない時は、甘えてきたら甘えさせよう。」←どうせ私の甘い子育てのせいと言われているからいいや笑
と思えるようになりました。
そのためにも、見守ることが監視になってはいけないことになります。
監視されたら、子どもは、自分を出すことが出来なくなりますし、
家では自分の意見は出せない、家の中でも失敗や経験が出来なくなります。
さらには、親は子どものことを知らないところがあるくらいでちょうどいいとさえ思えました。
ホント楽になります。
それ以前は、子どもの本音が聴きたくて聴きたくてたまりませんでしたが、
客観的にみたら、子どもにとっても親の想いの重さ感じてしまいそうです。
子どもを「見守るのがつらい」親に欠けた視点 引用:不登校新聞 東洋経済オンライン
■ガマンして注意深く?
余計なことはせず、余計なことも言わず、手を差し伸べたい思いをずっとガマンしながら、
せめてなんとかわが子の気持ちを知ろうと注意深く、子どもを見続ける方がいます。
「見守る」ために大切だと思うポイントは「子どもについて知らないことをどれだけ増やしていけるか」ということです。
子どもにとって見守られていることへの緊張感をどれだけ取り除けるか、ということです。
■わからないけど
「子どもが元気になった」という保護者の話を聞くと、子どもの様子は「わからない」と答える方が
わりと多いと感じます。
「よくわからないけど、笑い声が聞こえてくるし、なんだか楽しそうよ」
保護者が気を配る負担を減らしていけると、親のほうに心の余裕が生まれ、
子どもを見る眼差しは優しいものになると思います。
子どもとも柔軟な関りができるのではないかと思うのです。
見守りが監視になることで、さらには家の中で、いつも見られていることを感じて、
いつも緊張感を感じてしまい、家族とさえ顔を合わせたくなくなっていき、部屋に籠ったり、
昼夜逆転になってしまうことにもつながっていく可能性もあります。
家が落ち着く空間であること、リラックスできることならば、力むことよりも緩めることへ意識をしていく方が最善策なことになります。
家が安心安全な場所=心理的安全性が高い場所
心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。
家、家庭の中で、しかも不登校になってたとしても、リラックスでき、安心していられる場所
まずはココを目指すこと!!!
エネルギーを充電させていく、いける場所になることがとても重要。
今日は学校に行った、今日は学校に行けなかったと一喜一憂やってる場合ではありませんよ~。
『心理的安全性の高いチーム(家族)の作り方』
- お互いの存在を承認・尊重する
- 相手への感謝・受け入れる姿勢を示す
- 話しやすい雰囲気を作る
- 発言する機会を均等にもてるようにする
- 愚痴・不満よりも建設的な言葉を意識する
- 立場が上の人こそ弱みを見せる
このことを大切にすることで、チーム家族を、もう一度見直し、
子どもの不登校をきっかけにして、心理的安全性の高いチームへと再編成していきましょう。
安心安全を手にした次の不登校の親の対応は?
安心安全になれば、子どもの顔つき、表情にも変化に気づいていきます。
ちょっとやってみれることもでてきます。
それがわかるつかめるお母さんになれたら最強です。
だからこそ、見守り続けていては危険。
見守るだけでは、成長が出来ません。本来人間は、成長する生き物。
何かが出来た喜びは、一つ一つ自信へと繋がっていけます。親も同じだと思います。
そんな経験さえも奪ってしまうことにもつながっています。
安全安心、心理的安全性で満たされたら、時にはそっと背中を押してあげられること。
今までやったことがないことだとしたら、親の私たちにも、不安と恐怖が付きまとうかもしれません。
それは当然のことです。
それでも目の前の子どもを信じてみて、できなかった時は、あなたが安心安全の場所になれたらいいです。
それを繰り返しながら、親子で成長していけます。
子どもが不登校になると、外に行けない時期も当然あります。
そんな時こそ家庭のコーチとして、監視することなく、口うるさく言わず、安心安全な場所作り。
エネルギー充電でき、子ども自身がやれると見れた時には、そっと背中を押す。
見守るだけで終わらせないのが大切なことです。
そのためには、親の柔軟性もかなり重要になります。
今までの常識・決めつけに縛られていては辛いばかりになります。
最後に私が思うことです。
見守るだけを進めてくることは、厳しい言い方になりますが、無責任だと思っています。
時間は有限。
若い時ってアッという間。それを分かって言っているのか。
時間は有限。命も有限。
目の前のことを丁寧に、子どものことも丁寧に
そしてママたち、親も自分の時間も丁寧に大切にしたいものだと。
だからこそ一喜一憂より、もっと先を視野に入れて、子どもの不登校を応援していきましょう。
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